山ナース日記 ~Vol.6 甲斐駒ヶ岳 山岳医療パトロール~

山ナース

山域:南アルプス 甲斐駒ヶ岳
日程:2018.秋

昨年から始まった日本登山医学会認定の山岳医&山岳看護師による甲斐駒ヶ岳黒戸尾根の山岳医療パトロールは、登山の現場へ医療者が出向き、登山者へのサポートやアドバイスを行う国内で始めてのパトロール活動です。

活動の拠点となる黒戸尾根七丈小屋の花谷泰広さんや北杜市の多大なるご協力とバックアップで実施されており、今年の活動期間は7月21日から10月8日までのほぼ全ての土日祭日25日間に渡り、医師と看護師合わせて約30人が活動しています。

私は昨年から参加していますが、今年の活動では、「山岳医療パトロール」の認知が登山者の方へ進んでいる等、活動の成果を肌で感じることが出来ました。また、私達がパトロール中に具合の悪くなった登山者と出会い、処置対応した事例を報告することで、登山者の皆さんの遭難事故を回避するためにお話ししたいと思います。

甲斐駒ヶ岳(2,966m)は南アルプスにある日本百名山の山で、登山道の中で黒戸尾根は日本三大急登の一つと言われており、登山口からの標高差は2,200mとなっています。
私たち(医師1名、看護師2名)は、登山者に話しかけ、様子を見ながら黒戸尾根をパトロールしましたが、七丈小屋まで標高差200m(標高約2,200m)の急登の途中で、30代の男性が座り込んでいました。

顔色が悪くグッタリとしていて、すぐにただの休憩ではないと思い声をかけると、「寒気と眠気とふらつきがあり動けなくなった」ということでした。秋雨前線の影響による雨がぱらつく天候で標高2200m地点、話はできますが顔色が悪いので高山病を疑いましたが、パルスオキシメーターで血中酸素を測定すると、酸素濃度の値は悪くありませんでした。
さらに様子を看ると、脈拍が早く、「水分をあまり取っていない」ということで脱水が疑われますが、体温(鼓膜温)に異常は見られません。しかし、服装も登山用のものではなく、かなり着込んでいて、パーカーの下のダウンやインナーは汗でびっしょりでした。

そこで、本人が持っていた乾いた衣服に着替えてもらい、経口補水液(OS-1)パウダーを水に溶かして、すぐに500cc全部飲んでもらいました。少し顔色が良くなり元気が出てきましたが、敷物に座らせツエルトを被ってもらい体温が奪われないよう保温に努めました。そして、行動食を摂っていないようなので、我々が持っていたパンやおにぎり、温かい飲み物をどんどん飲食してもらったところ、自力で動けるようになりました。

今回の男性の状態は、大量の発汗と水分摂取不足による脱水。そして、エネルギー不足、いわゆる「シャリバテ」で動けなくなってしまったと考えられます。一般の方は聞いたことがないと思いますが、「シャリバテ」とは長時間の運動で「シャリ(飯)が足りずにバテる」ことを言います。車に例えるとガソリンがなくなってしまってガス欠になった状態です。

血糖値が下がって力が入らなくなるため、自覚症状としては強度の脱力感や疲労感、ふらつき、立ちくらみ等で、意識はしっかりしているが「体が言うことを聞かない」状態に陥ります。今回、幸いだったことは、私たちが到着する前に、鎖場やはしご等の危険箇所に踏み込まず、その手前で座り込んでいたことです。もし、フラフラのまま進んでいたら滑落の危険があったと思います。
登山は、皆さんが考えている以上の運動量なので、エネルギー不足や脱水が命にかかわる事故につながることもあります。出発前にしっかり水分と食べ物を摂り、登山中も行動食を摂らなければ、バテて動けなくなることを念頭に置いて、安全で快適な登山を楽しんでいただきたいです。

今回のこの出来事は、山岳医療パトロールの活動目的である山岳遭難の予防の一助になったのではないかと思います。これからも山岳医と山岳看護師の仲間と共に安全登山に貢献していきたいと思います。
小林 美智子